築古でバルコニーやエレベーターがない元公団ビルに若者が集まりつつある。集まる秘訣は一体なんだろうか。オーナーがDIYで改装し、住人たちによる主体的なコミュニティ作りが行われていると聞き、オーナーに話を伺った。

若者が続々と入居する築古ビル

(様々な職業の若者が集まりつつある。)
(築50年のレトロビル。便利な立地でもなかなか入居が決まらなかった。)

三宮駅前の築50年の元公団ビル。駅前という便利な立地で1Fには人気の美容室や有名洋菓子店が
あったが、なかなか入居者は決まらなかった。一因として考えられるのが、空室を一般的な新築のようなリフォームをした点だ。部屋の新材特有の匂いなどが不評だったという。そこで、オーナーはDIYで建築当時の質感の良さを活かした改装をしたところ、続々と入居が決まっていき、今では人気物件になってきている。

入居者は大手企業の会社員や公務員をはじめ、アーティスト、ギャラリーオーナー、陶芸家、ブロガー、科学者など業種は様々で年齢層も20代〜40代と幅広いとのこと。あえて入居者の共通点を見つけるとすれば、不便さを面白く感じるDIY精神があるところだという。押入れをベッドにして寝ている住人や、植物が好きで100種類以上の植物と一緒に生活している住人、寝袋で寝てアウトドア用のガスバーナーで調理するキャンプ用品で生活する住人、家に陶芸の釜やろくろがある住人など築古の物件ならではの間取りや質感を活かして、住みやすいように暮らしている。訪れるたびに新しい工夫を発見できて面白いそうだ。

(入居者の部屋もそれぞれ個性的。)

元公団ビルオーナーが率先してDIY

(当時の質感の良さを活かし、オーナーがDIYで作っていった。)

この元公団ビルは、おそらく三宮駅周辺のどのマンションよりも駅に近い。立地は抜群だが、長年、住戸数36戸のうち1/3近くが空室の状態が続いていた。オーナーの杉野さんは現状をなんとかしようと、管理人や家族と一緒に「チーム杉野」として空き部屋のリノベーションに取り掛かる。

臭いを抑えるため壁紙は全て剥がし、珪藻土入りの塗料で塗装仕上げをした。床には元々何重にもペンキが塗り重ねられていて木目が見えなかったが、サンダーで表面を削り落とし、再び素材の輝きを取り戻した。和室は今のニーズに合わせて杉の無垢床を新たに敷き、ココナッツオイルと蜜蝋で仕上げた。

古い物件を持つオーナーは、内装や設備が古くなってくるとリフォームすることが多いが、築浅物件と同じような内装にしてもなかなか入居者が決まらないことも多い。そういった築浅のような内装を好む人は、内装だけ綺麗な築古物件ではなく、結局は築浅物件に流れるからだ。古い物件は、築浅物件のようにリフォームするのではなく、古い質感を活かした改装を施し、古い質感が好きな人に向けた改装が効果的ではないかと思う。このチーム杉野の実例がいい例だろう。

共用スペース作り

(6階の1室を共用リビングにリノベーションした。)

部屋の改装に加えて、共用スペース作りにも取り掛かる。6階最上階の1室を、住人が集える共用リビングに改装した。オーナーの立場から考えると、空室は少しでも貸して、賃料収入を得たいと思うのが一般的だろう。しかし、あえて住人が集える場所を作ったことでバリューアップを図った。

(左:屋上にはBBQができるテラス席やカウンターキッチンまで完備。右:自転車置き場も。)

古い質感が好きな人が好む物件は、実は意外にも数が少ない。チーム杉野がDIYで作り上げた部屋
は、そういった人たちのニーズを掴んだ。そして、屋上のテラス席や共用リビングも他の物件にはない個性や希少性があり、空き部屋は少しづつ埋まっていった。

つなぎ役が住人主体のコミュニティを活性化させる

ただ部屋を改装してもコミュニティは生まれない。しっかりとしたコミュニティには人をつなぐキーマンがいる。この公団ビルの入居者でもあり、不動産業者の森さんのサポートによって活性化が進んでいったとのこと。入居者の森さんに話を伺った。

「何件か不動産仲介させていただくうちに、このマンションに愛着が湧いてきちゃって。この物件は古くてエレベーターもなくて、すぐ横にはポートライナーが走っていて電車の音も正直少し気になるけど、古いものが好きな人にはたまらない趣がある。そんな物件に興味を持って入居される方は個性的で面白い方ばかり。まだまだ空室も多かったので、自分が仲介して携わったお客さんとその後も継続的な関係性を作れたら面白いなと。また、当時は西宮の団地型マンションに住んでいたのですが、隣近所の方との交流はほとんどなく、共用階段ですれ違うと挨拶はするけど気まずくて目も合わせない。それがすごく嫌で、でもそれがマンション暮らしでは一般的だということにも違和感を感じていました。隣近所に住む人と、もっと仲良く昔ながらの長屋暮らしみたいな暮らしができたらいいのになと思ったのが、このマンションに住み始めたきっかけです。」

(古くからの住民との交流も生まれてきた。)

オーナーの杉野さんに住みたいと伝えたら、「ぜひ住んでください。」と倉庫として使用されていた改装前のボロボロの部屋を貸してもらえることに。そこから半年ほどかけて杉野さんや管理人さん達と一緒にコツコツと部屋を改装して住み始めたとのこと。

「それから、住みながら不動産仲介をし、仲介したお客さん同士を繋ぐきっかけ作りをしていきました。新しく入居者が入るたびに歓迎会やBBQ、飲み会、それぞれの部屋のお宅訪問会も定期的に開催しました。特別なことは何もしてなくて、酒を片手に同じ食卓を囲んで美味しい料理をみんなで食べる。ほぼそれだけですが、回数を重ねるごとに住人の距離が少しずつ縮まりました。

(住人が集まるたびに開かれるお宅訪問会。)

住人同士が仲良くなってくると僕が声を掛けなくても、廊下でたまたま出くわしたのをきっかけに飲み会が始まったり、毎日のように集まってご飯を食べています。今では住人主催のイベントやお誘いが多く、僕が楽しませてもらっていることの方が多いです。毎週のように誰かが友達を連れてきますが、面白い人の連れてくる人はやはり面白い。このマンションに住んでから人間関係がすごく広がったし、いつも刺激を受けています。」

コミュニティが出来てきたことによって、入居者の紹介で新たな入居者が決まることが増えたとのこと。今では募集すると一週間程度で入居者が決まるような人気物件となっている。

「あくまで僕は、住人の一人としてきっかけを作っただけ。住人主体で日々面白い場へ、入居満足度の高いマンションへと変貌を遂げています。それはオーナーの杉野さんが、住人の自主性や、住人自らやりたいことができる余白を作ってきたからこそ起こってきたことだと思います。」

他のエピソードとして、住人の一人が玄関前に植物を置き始めてから、連鎖的に各々玄関前に個性的な植物がずらりと並び、今では共用廊下は植物でいっぱいとのこと。そして、植物を置き始めてから古くから住む住人との会話も生まれたそうだ。

また、屋上ではプランターで畑を始める人もいたり、綺麗好きな人は共用リビングの清掃や片付けをしたりと、みんな自分のスキルや持ち物を共有し、住人たちも自分たちの暮らしをDIYしながら生活しているとのこと。

(左:屋上で家庭菜園を始める人も。 中:住人主体で日常的に飲み会が開かれるようになった。 右:もちつきで古くからの住民とも交流。)

「古いから、雨漏りやトイレの水が詰まることもたまにある。しかしそんなマイナス点も、隣近所みんなで共有したらあるあるって笑い話になったり、下の部屋に雨漏りしたり隣の部屋の物音が気になっても、みんな親しいからお互い様だねってなる。」

関係性が出来ているからこそ、住人が不自由に感じていることや不満や不具合も、話が大きくなる前にオーナーにフィードバックができる。オーナーとしては事前にトラブルや不具合を解決できる。これは長く住んでもらえるきっかけにも繋がっているのではないだろうか。

引き継がれるオーナーの世代交代

現在、オーナーの世代交代をするべく、杉野さんの息子の吉彦さんがマンションに移り住み、毎日住み込みでDIYしながら管理を行っているとのこと。森さんは「一住人として同じコミュニティにオーナーがいることはすごく重要な気がする。住人の不満やトラブルにはすぐに対応してくれるし、貸主と借主という関係性を超えた信頼関係が出来上がっているから、お互いに何かあった時に気軽に相談や話ができる。」と言う。
吉彦さんは住民とのコミュニケーションを大事にし、古くから住む住人もこのコミュニティに入ってもらおうと日々努力しており、少しずつ交流も生まれてきているという。

コミュニティができて、空室が埋まってきた。今後の課題はコミュニティ内のルール作りとのこと。住人に自主性や自由度を与えつつ、危険やトラブルを回避し共通認識を作ることはとても重要だ。吉彦さんは住民と一緒になってルール作りを始めている。

取材を終えて

物件オーナーは若い世代も増えてきつつあるが、まだまだ年配の方が多い。活性化がうまくいかずに困っている物件オーナーも多いのではないかと思う。今回取材した元公団ビルはシェアハウスでもソーシャルアパートなんて小洒落たものではないけれど、住人と住人、住人とオーナーが繋がりをしっかりと持てる場として機能していた。

活性化の秘訣は2つのポイントがある。一つは「古い建物に合わせた改装」だ。賃貸物件ではリスクになりがちな無垢材を床に使ったりしながら、古い建物が持つ質感を活かした改装をDIYで行なった。もう一つは入居者の森さんのような「キーマンの存在」だ。コミュニティの活性化にキーマンは欠かせないが、これも縛られる必要はないのではないかとも思う。キーマンはオーナーであっても良いし、入居者でもいい、または近所の誰かでも。大切なところは「一緒につくる」ということ。

ここの住人たちはたまに気が向いたら誰かが声を掛けて、集まりたい人は集まる、そんな程よい距離感の生活を楽しんでいる。それは、森さんも話してくれた「長屋暮らし」のような暮らし方に近いのかもしれない。それを見たり感じたりして、魅力に感じた人がまた新たに集まってくるのだろう。