祖父から譲り受けた北区の家
大工の祖父自らが建てた、築40年木造二階建ての家です。まずは老朽化した附属屋を減築することから始まりました。 付属屋に水回りがあったために、改装している家に新たに水回りをつくるところから着手。しかし水回りは素人には難しいのでプロにお願いすることに。それ以外の老朽化した内装を自力でコツコツと住みな
1980 年生まれ。茅葺き職人。妻一人、猫一匹、弟子三人。淡河かやぶき屋根保存会くさかんむりの代表をしています。
二十歳くらいのころに、宮澤賢治に憧れて大地に生きる百姓を志すも、減反で米がつくれず「三姓」止まりに。そんな時に出会った茅葺きの親方に言われた「茅葺き屋根は百姓の業でできている」との言葉で弟子入りしました。
しばし土から離れ空に近いところで百姓の住まう業を学び、修行を終えて2011年に地元神戸市北区淡河町で独立し、毎日屋根の上で仲間や弟子達と汗を流しています。
ふるさとの神戸市北区淡河町を拠点に、茅葺屋根の葺き替えや、補修を生業とし、民家から文化財まで幅広く手掛け、 積極的にワークショップも行っています。
空と大地、農村と都市、日本と海外、昔と今、職人と百姓のあいだを草で遊びながら、茅葺きを今にフィットさせてゆく活動を展開中。
大工の祖父自らが建てた、築40年木造二階建ての家です。まずは老朽化した附属屋を減築することから始まりました。
付属屋に水回りがあったために、改装している家に新たに水回りをつくるところから着手。しかし水回りは素人には難しいのでプロにお願いすることに。それ以外の老朽化した内装を自力でコツコツと住みながら改装しています。
物件種別 | 家 |
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物件概要 | 木造二階建て(5LDK土間、ベランダあり) |
かかった日数 | 2年 |
お金のこと | 水まわり工事で250万 |
大工の祖父自らが建てた、築40年木造二階建ての家です。まずは老朽化した附属屋を減築することから始まりました。 付属屋に水回りがあったために、改装している家に新たに水回りをつくるところから着手。しかし水回りは素人には難しいのでプロにお願いすることに。それ以外の老朽化した内装を自力でコツコツと住みな
約2年間かけて妻と手作りしました。祖父が大工だったので様々な木材が納屋に転がっていて、面白い風合いのものは磨きなおして棚板や装飾にしたりと、代々住み継いできた場所の記憶を繋げるように、家を繕っていきました。
全体的に自分が仕事の合間に工事をしていましたが、左官仕事は妻が担当。土をこねるのも自らこねる。土壁も知り合いの左官職人からアドバイスをもらいながら妻が塗り、難しい天井塗りもがんばりました。
楽しかったところは、動物が巣を作るように、 夫婦で自分達の巣をつくっているような感覚になるところ。 しんどかったところは、楽しさのあまりやりすぎてしまって、疲れていることに気づかず、本業に支障をきたしてしまうところ。
あとは築年数が中途半端に古いので、新建材が随所に使われていて、再利用がしにくかったところ。
事務所にしている部屋からの景色が季節ごとに、多様に移り変わってくれるところ。そしてなにより、祖父が作った建物だということ。そして減築したことにより、南側に大きなスペースがうまれて、日当たりと風通しが申し分ないところ。
代々住み継いできた土地なので、近隣の方々とは何代も前からの付き合いなので、おおらかな連帯感のようなものがあっておもしろいです。
逆に言うと、自分個人の枠を超えた、家柄としての責任や筋があるので、あまりハメを外せない(笑) 。我が家の敷地が近所のおっちゃんの犬の散歩コースになっています(笑)。 窓を開けっ放しでいると、こんな来客も。
南に大きく開けた敷地なので、ご近所の人も気楽に集えるゆったりとした縁側をつくりたい。そして大好きな丹生山の山並みを眺めながらピアノを弾くための窓を壁に穿ちたい。その他にも、暮らしの中で思いついたことを形にしていきたいので、きっと我が家に完成はありません。そしていつかは丹生山と響き合うような茅葺屋根の家を新築したいです。